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2010年 01月 31日

引っ越します 麻布十番→幡ヶ谷

週央からようやく熱も引いて普通の生活に戻れております。

そして体も動くようになったので、いよいよ引越し準備にとりかかりました!

2/7、色々思い出多き麻布十番から幡ヶ谷に引っ越すのです。
大した移動距離ではないけれど、それでも新しい生活の場に移るのはワクワクするもんですね。

ちなみに幡ヶ谷にした理由は。。。

・都心に近い、わりに家賃安い。
 あまり知名度がないからなのか、新宿から京王線で2駅なのに家賃安い。多分明大前より安い。

・生活環境、商店街が充実
 初台~幡ヶ谷って甲州街道とオペラシティのイメージが強くて人が住むイメージなかったんだが、あの辺は実はもともとしっかりした住宅街なんだな。昔からの商店街が幾つもある。
甲州街道から南北に商店街が伸びていて、普段使いのスーパーも定食屋も飲み屋もなんでもある。日常生活のしやすさでいくと麻布より幡ヶ谷に軍配があがりそうです。

・意外に渋谷区
 幡ヶ谷は中野区と接してギリギリ渋谷区。幡ヶ谷には渋谷区民スポーツセンターがあり、僕もギリギリ渋谷区民になるのでこれからはここで健康増進を図ります。卓球やりたい。水泳復活させたい。
 幡ヶ谷はギリギリ渋谷区なので、渋谷区巡回バスが回ってきます。これを使えば渋谷駅に出るのも楽チンそうです。
 ついでに挙げると、幡ヶ谷は意外と代々木八幡、代々木上原に近い。チャリで代々木公園に行けるのもポイント高いです。カネがない週末は引き続き代々木公園でのんびり時間をすごせそうです。

こんな感じのエリアの面白さを買って幡ヶ谷にしてみました。これから開拓していこうかと思うので、近くによる機会がありましたら皆さん幡ヶ谷で飯でも食いましょう。


写真は現在の家のバルコニーより。なんだか街が白く見えた朝。

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by kshrtkt | 2010-01-31 21:28 |
2010年 01月 25日

おたふく風邪しぶとすぎ

先週火曜日あたりからスタートして未だに完治しません。

経過を並べると

1/18(月) 右の頬下に違和感が出始める
1/19(火) 右頬がやたら腫れ出す。左頬も腫れる兆候がでる
1/20(水) 左頬も腫れる。このあたりから、飯を食うと腫れた部分が猛烈に痛くなる。
1/21(木) 飯食うときの痛み最高潮。鎮痛剤が効いている間にだけ何とか食える。
1/22(金) 頬下の痛みが和らぎ始める。が、今度は熱が39度まであがりだす。ついでに男の足の付け根にある奴がやたら腫れだす。
1/23-24 頬下の痛みは大分取れた一方、熱は39度より下がらず、強烈な寒気と金曜日に腫れだした奴の痛みで終日動けず
1/25(月) 鎮痛解熱剤を大量投与し会社へ。何とか一日やりきる。
とこんな感じ。多分解熱剤切れたらまた熱上がるんだろうな。

しかし本丸の頬はなおってきてるのにぜんぜん関係ないトコに腫れを残して熱を長引かせるってタチ悪い病気だよね。
今週平日一週間は夜の予定全キャンセルして治すのに専念するしかないようです。


おいおいご追記しますが2/7に引越しをせにゃならんのです。
それまでに早く治さなくては。
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by kshrtkt | 2010-01-25 23:05 |
2010年 01月 18日

一日一写29 実家の写真-1

年末の実家にて。

家族がこの家に引っ越してきて13年。
増えていく結露や衣装棚や、どこからか貰ってきたオマケのマグネットや、少しずつ買い足していった家財類で家の中はツギハギになっていくけど、それを通してその家固有の目に見えない一体感が浮かび上がる、気がする。

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by kshrtkt | 2010-01-18 00:49 |
2010年 01月 12日

一日一写28

RIOT???

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by kshrtkt | 2010-01-12 00:40 |
2010年 01月 08日

癌医療の構造について、また癌になった場合の心の持ちようについて。

12時まわってるけど気持ちが高ぶってきたので追記してしまおう。

母親が癌になって、癌治療現場のシステムの実態が良く見えた。
母親の癌が末期とそうでないステージの線上にあったから、なおさら良く見えた。



癌判明当時の状況はこうだった。

当初母親は埼玉の某病院に緊急入院した。
食道癌の進行の速さを既に知っていたので、とにかく早く治療をしてほしかった。

母親の癌の進行状態が極めて微妙なステージにあったため、まず担当医師の間で問題になったのは外科的に手術するか、放射線で治療するかの選択についてだった。
外科手術は体力を奪うので、失敗した場合すぐに次の手術をするわけにいかず、助かる見込みが大きく下がる。そして外科手術は末期が近い程、成功率は低くなる。
失敗できない覚悟で外科手術に踏み切るか、放射線治療で癌がなくなる可能性にかけるか。

外科と放射線科は縦割りで、それこそ患者を寝かせるベッドから完全に切り離されており、医師が議論する機会は週に数度となっていた。手術方針を練る間、数週間母親はベッドに寝かされるだけだった。

議論の結果、外科手術をする方針に僕達家族は同意した。
しかしすぐに手術されるわけではなかった。外科手術は1日にさばける患者数は一人か二人。母親は手術の順番を待つこととなった。この間、母親はベッドに寝かされるだけだった。

手術の順番を待つ間も医師の間では治療方法について継続的に議論がなされた。
手術を待っていたのでは癌が進行し、手術できなくなるかもしれない。僕達家族は放射線治療への切り替えについて医師に相談した。
それに対して医師から伝えられたのは、放射線科に空きのベッドがなくすぐに移れないこと、放射線科の患者として移動した場合は治療の順番も放射線科治療の列の最後に並ぶことになるということだった。
縦割り弊害の極みと思われた。家族一同この時がどん底だったように思う。

こうした状況を観てか、担当医師の一人が東京の某病院の知人の紹介状を用意してくれた。紹介先は全国でも指折りの癌手術実績を持つ病院の、長にあたる医師だった。(手術に至れず気持ちのどん底までもっていかれたが、結果的に今につながる蜘蛛の糸をたらしてくれたのもこの埼玉の病院の医師だったことになる。)

この医師は最初の診察時で外科手術すべきと方針を固めた。そして手術当日までも早かった。手術実績が多いために方針も素早く出せると医師は言っていた。
手術後も早々に退院となった。医師の話によれば、次の患者を早くいれるためとのことだった。
その病院は退院は早いが、月に1度の予後検診を受けることができた。

これまで検診で再発は確認されず、ここまでこれている。手術担当医は当初、すぐに再発する可能性がかなり高いと懸念していたそうだ。最近の診断の際に話していた。

今丁度術後3年目を経過し、次の目標は5年目を通過すること。再発しないとは誰も言えない中で、気持ちを強く持つためあまり過去を振り返りたくないのだが、あえて三年前を振り返ってみる。するとやはり思うのはこのエントリタイトルについてだ。

病院の縦割り構造、医師不足による順番待ちにより手術は遅れがちになり、手術実績によっても方針決定のスピードに差が出ること。
この問題は、単純に医師の数を増やす以外の点で解決できることが多くあるように思えた。

次に癌になったときの心の持ちようについて。
この経験を通じて、癌の悪質な点が予後の悪さや治療の厳しさといった直接的な苦しみだけにあるのではないことがわかった。
手術をし復帰をしてもなお、再発したらどうしようという不安が残ること。そして癌の要因になる行為をした過去の自分を責めてしまうこと。

癌の要因なんてタバコや酒だけでなく、辛いものの食べすぎだとかストレスだとか、色んなことを言われているのだ。誰だってあら探しをすれば癌要因の1つや2つ必ずヒットする。何が原因かなんて確定的に言えないのだ。
それでも自分を責めたくなる。再発の不安も重なり、少なくとも今時点は健康なはずの人生が結局暗くなりがちになる。

これに対して、東京の医師は、なるべく病気前と変わらない生活を心がけなさいとアドバイスをした。
それまで当たり前にやっていたことが今もちゃんと当たり前にやれている、そのことが一番心の支えになると。

僕もそのアドバイスは全く持ってその通りだと思った。先が分からなくなるとどうしても特別なことをしたくなるから、一言で言えば当たり前のように聞こえるこのアドバイスがとてもよく響いた。

病院のシステムについてはテーマが大きすぎて自分に何ができるかなんて全く思いつかない。問題意識として心に残しておいて、いつかどこかで何かの役に立てたらいいなと思う。
それに比べれば大変卑小になるけれど、家族の心の持ちようについては5年目の通過に向けて日々アクションにつなげていければと思う。
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by kshrtkt | 2010-01-08 02:07 |
2010年 01月 08日

小澤征爾さん、食道癌か・・・

自分の母と同じ病名なので気になってしまった。
早期で発見できたんだろうか。

母親の病気が判明した4年前、僕は母親の気を持たせるために何か明るい材料がないかと食道癌について色々調べていたのだが、調べれば調べるほど食道癌の性質の悪さについての情報ばかりが出てきてしまい、目の前が真っ暗になっていった。あの記憶がよみがえった。

食道癌は数ある癌の中でも初期症状が分かりづらく、進行が早く、転移しやすく、気づいたときには末期に近くなっているという癌なのだ。

自分の母親も、区分的には末期となっていた。
癌は、その発生箇所から少しでも他の器官に転移をしていれば末期とカテゴライズされる。転移をしてしまっているともはや外科的に切除することができなくなり、つまり癌を根元から取り除くことができなくなり、投薬や放射線によって「癌を小さくする」ことしかできなくなる。故に末期がんは再発リスクが高くなる。投薬や放射線により体力を奪われることも重なり、末期癌は予後が悪い。

自分の母親の場合、これは本当に言葉通り不幸中の幸いなのだが、転移した先が食道に接する器官に集中していたために転移先とあわせて外科的除去をするという選択を取ることができたのだった。

転移していた事実は動かないので、どこか遠く離れた器官に既に癌細胞が移動し再び増殖し始める可能性を完全に否定することはできない。が、今のところ数ヶ月に一度の検査では問題なしと診断されており、再び仕事をするまでに戻っている。

記事からは6ヶ月の休養というのがどのような意味なのかは全くわからないけど、小澤征爾さんも、何とか仕事に戻ってきてほしいと思う。同じ病気を持つ人間の隣にいた身として、人事のように思えないのだ。
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by kshrtkt | 2010-01-08 00:07 |
2010年 01月 04日

CHRISTMAS TIME YOKOHAMA!

いまさらだけど!!赤レンガ倉庫~元町,山手



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by kshrtkt | 2010-01-04 22:26 |
2010年 01月 01日

2010年1日目

200X年代の終わりについて何か感慨がないものかなーと思いながら紅白見ていたけど、北島サブちゃんがおそらく何年か前にやったであろう楽曲を今年もやり、それを見て変わらないことの安心感を覚える中で、何も無理に区切りを考える必要もないんかなーと思いながら201X年代に突入いたしました。

あけましておめでとうございます。
なかなか挨拶する機会もない方も多いけど、その分会えたときにはお礼なんかをちゃんと言えるようにしたいな。

年末はJALの動向が大きく取りざたされていました。

JALと不動産はあんまり関係ないように思いますが、JALのスポンサーになろうとしている政策投資銀行は現在不動産業界への信用供与に大きく影響を与えており、仮にJALへの融資枠が際限なく増えた場合、不動産業の信用懸念が再燃するリスクがあるのではと個人的には考えています。
まあこれはあくまで政投銀に詳しくない人間の個人的な推測ですが・・・。

既存のパイ(=不動産業への融資枠)を持っていかれる心配するくらいならその間に自助努力しろよとも言われそうな気がしますが、賃料や空室率などマクロで下降気味な中、強気に逆張り投資というのは難しいように思う。
この業界に必要なのは、今さら言うまでもないけど賃料下落リスクとそれに伴う資産価値下落リスクなんかに底が見えること。今不動産アセットマネージャーがすべきことは、賃料や資産価値下落を止めるためにアセットの魅力が上がるような努力が必要なんでしょう。そしてその努力とは何かといえば、テナントからの適切なクレーム対処だとかちゃんと工事やるだとか、地味で細かい業務なんでしょう。

だから今は、業務は地味でも、ミクロからの積み上げがいつかマクロの改善に役立つはずと信じて努力するしかない。そんな気持ちで今年もアセットマネージャー稼業を頑張りたい。

以上仕事の抱負。以下は趣味。

元旦に写真UPしたいけど実家ではそれができないので今回は文字だけです。
2009年に撮った写真はあげきらずに実家に帰ってきたので、いつもの部屋に戻る3日頃からまた写真あげていきたいです。
埼玉あんまりすることないので実家を撮りまくった。実家出てから5年が経ち、結構客観的に見れた。これも3日以降UPしたい。

2010年初日はDVD鑑賞大会で始まりました。
「チェンジリング」初見、「ゆれる」の2回目鑑賞。
見返した「ゆれる」は新たな発見が一杯あった。キャストの言動だけでなく、フォーカスをあわせるカメラワークやシーンの切り方からも「ゆれる」ことの意味を受け取らざるをえない。この映画が持つ容赦のない人間描写は、こうしたディテールの積み上げで支えられているってことが感じられた。

これからスラムドッグミリオネアの3回目鑑賞スタートします。
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by kshrtkt | 2010-01-01 17:57 |